いつか来る「銀行を辞める日」と「その後」~元北國銀行・南秀明氏のケース②
30年務めた北國銀行を離れ、金属加工メーカー「東和」に移ることとなった南秀明氏。どのような心境と姿勢で転職していったのか。南氏のエピソードから、中小企業に転籍する元銀行員が「やってはいけないこと」「やらなければいけないこと」「銀行員時代にやっておかなければならないこと」の解像度が上がるはずだ。元銀行員の「その後」を追う。
- 2025年10月31日
- 5分で読める
- 831回閲覧
いつか来る「銀行を辞める日」と「その後」~元北國銀行・南秀明氏のケース②
30年務めた北國銀行を離れ、金属加工メーカー「東和」に移ることとなった南秀明氏。どのような心境と姿勢で転職していったのか。南氏のエピソードから、中小企業に転籍する元銀行員が「やってはいけないこと」「やらなければいけないこと」「銀行員時代にやっておかなければならないこと」の解像度が上がるはずだ。元銀行員の「その後」を追う。
▽転校生のような心境
入社までの1カ月間は、南氏にとって「中学校の転校生のような心境だった」という。銀行員は、同じような経歴を歩み、価値観も同じという同質性の高い集団だ。
しかし、中小企業は違う。多様なバックグラウンドを持つ人々が、混在している。自分のような人間にとっては、完全なアウェイだ。そうした銀行の外界へ30年ぶりに戻るのだ。「初日の挨拶で何を話すべきか、本気で悩みましたよ」(南氏)
「北國銀行から来ました南秀明です。どうぞよろしくお願い致します」
いろいろ考えたが、最初の挨拶で銀行に触れないのも不自然だ。正直に伝えた。
(一体、何しに元銀行員がウチに来たんだ?)
従業員の無言の視線から「色眼鏡」でみられていることは読み取れたが、それは覚悟の上だった。
▽「CP」と「e値」
「話せばわかる」「懐に入る」―。
現場時代に培った南氏のこの信条が真価を発揮した。分からないことは何でも質問し、対話を重ねて現場に馴染むことから始めた。
そうはいっても知識面でも「完全アウェイ」である。
会議では「CP」という言葉が飛び交っていた。「最初に聞いた時は、コマーシャルペーパー(CP)しか思い浮かばなかった」と、苦笑いする。
製造業のCPは、まったく異なる重要な専門用語を示す。東和の場合は鉄板の切断計画図を意味する「カッティング・プラン」(CP)だ。これが定まらなければ、作業は始められない。
CPは、いかに無駄なく鉄板から多くの製品パーツを切り出すかという効率(歩留まり)を左右する。廃棄されるスクラップを極限まで減らすことで、コスト削減にもつながる。計画図はヒューマンエラーを防ぎ、作業の段取り、切断部分の移動距離も左右する。つまり、作業時間をも変えてしまうのだ。工場は生命体である。切断部品が滞れば、たちまちボトルネックを生み、後工程の作業に甚大な影響を及ぼす。
中小企業への転籍だけでなく、営業担当者は専門用語を決してバカにしてはいけない。生産性、収益を左右するという緊張感を持つ必要がある。
「言葉の壁」は続いた。次は「e値」だ。
e値は、溶接作業の専門用語で、溶接金属の溶け込み量を示すパラメーターだ。e値が大きければ、溶け込みが深く、接合強度は増す。ただし、溶接量が増えるということは、溶接時間・原材料も増えるということだ。コスト増、生産性の低下と背中合わせでもある。他方、e値が小さければ、作業時間やコストは低減するが、接合不良や強度不足を生むリスクがある。最適なe値をさぐることが重要なのだ。
こうした専門用語一つをとっても、銀行時代のように引継書もマニュアルもない。「待っていても誰も教えてくれません。自分から動かなければダメです」(南氏)
南氏は業務が終わると工場へ向かい「聞きやすそうな人」を一人、また一人と増やしていった。グーグルで専門用語を調べ、ノートに書き留め、飲み会や雑談の場で「さっきのアレ、どういうこと?」と率直に聞ける関係を築いていった。
▽銀行員時代の「武器」
30年間の銀行員生活で培った経験も「思わぬ武器」となった。
一つは、本部と現場の双方の言い分を理解して調整する「翻訳能力」だった。審査部時代に説明責任から逃げず、融資統括部課で経営層と営業店の橋渡しをした経験は、決して無駄ではなかった。東和でも、中期経営経計画と各部門間の調整などに活きている。
また、銀行で培った財務分析力や交渉力、コンプライアンス意識は、間違いなく中小企業で強力な武器となる。
さらに、顧客視点に立つ戦略思考も活きている。南氏は具体的には語らなかったが、受注メーカーである限り、自分たちの強みを知り、顧客の意図を先読みして動くのは経営戦略として当然のことだ。
▽銀行員時代に学ぶべき「管理会計」
半面、「銀行員時代にもっと習得すべきだった」と感じているのは、管理会計の理解だ。銀行員は、売上高しか見ず、売上高を構成する「数量×単価」「原価と工数」には無頓着だったりする。
同じ売上高でも「単価を下げて、数量を伸ばしたのか」、あるいは「単価を上げて、数量を落としたのか」は、原材料高・人件費高騰の状況下では、まるで意味は異なる。損益分岐点売上高の感覚も薄い。限界利益がどれだけ固定費を賄えているのかも重要だ。
▽「銀行の常識」を疑い、現実と向き合え
南氏は今、取締役として東和の未来を背負う立場にある。中期経営計画の策定、省力化投資の判断、そして次世代を担う人材育成。そのすべてが「手触り感」のある仕事だ。
銀行は、土日、休日も金利が入るストックビジネスである。銀行だけの収益を考えれば、長短金利差があり、貸出資産が健全でありさえすれば問題ない。
しかし、製造業は違う。工場が止まれば1円も入ってこない。頼まれた仕事を、予算内で、品質を保ち、納期までにやり遂げなければ即赤字だ。このゲームのルールの違いは大きい。
いつか「その日」を迎える銀行員に必要なのは、南氏のように「現場の言葉を学ぶ謙虚さ」だ。そして「銀行の常識」を疑い、目の前の現実と向き合う覚悟だ。
▽再適応力
南氏はインタビューを次の言葉で締めくくった。
「銀行員は優秀です。でも、その能力を銀行の中だけで終わらせるのはもったいない」
北國銀行、CCIグループは、人口減少や地域経済の変化を踏まえ、これまでの人材輩出の在り方を見直し始めている。
社員のキャリア自律を尊重する方向へと転換し、且つ透明性あるプロセスとして進めている。
今後は、経営人材として輩出していくため、育成を強化し、地域企業の底上げと発展につなげていくことを目指している。
出向者や現役OBによる集いを実施し、社の取り組みを説明する機会を設けるという。対話・コミュニケーションの場も設け、外部で活躍した人材が社と関わり続けることで、新たな知見やネットワークが社内に還元していく。
「学習する組織」に求められるのは自己革新能力だ。「失敗の本質」(中公文庫)によれば、恐竜は中生代のマツ、スギ、ソテツなどの裸子植物を食べるために機能的にも形態的にも徹底的に適応した。しかし、適応し過ぎたからこそ滅んだという説に言及している。つまり、適応し過ぎたために「特殊化」し、ちょっとした環境変化に「再適応」できずに滅んだというわけだ。
自己革新能力、再適応力を劣化させないためには、社員一人一人のリスキリングはもちろん、外部で活躍するOB、アルムナイも「拡張組織」の一員であるという認識を持ち、外部の知見を取り込むことが求められる。