◎「キーパーソン」と「肝の数字」のグリップが勝負=伊藤貢作氏が勉強会・企業価値担保権(後編)⑥
前編に続き、企業価値担保権付き融資に関して、北門信用金庫の伊藤貢作常勤理事企画部長兼企業支援室長が1月26日、金融庁で開催した「企業価値担保権の『業種別支援の着眼点』を活用した実務的理解」~実務者としての私見~と題した勉強会の内容をリポートする。
- 2026年1月30日
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前編に続き、企業価値担保権付き融資に関して、北門信用金庫の伊藤貢作常勤理事企画部長兼企業支援室長が1月26日、金融庁で開催した「企業価値担保権の『業種別支援の着眼点』を活用した実務的理解」~実務者としての私見~と題した勉強会の内容をリポートする。
◎「キーパーソン」と「肝の数字」のグリップが勝負=伊藤貢作氏が勉強会・企業価値担保権(後編)⑥
前編では、企業価値担保権は、「計測」と「コベナンツ」と向き合いつつもその「沼」に嵌まり込まないようにすべきとする伊藤氏の主張を紹介した。
企業価値担保権を計測しやすい業種・業態がある一方、計測が困難な業種・業態には、コベナンツで企業と向き合っていかなければならない。
▽「事業新規性」「計測難易度」次第で着眼も変わる
伊藤氏は「事業の新規性」の高低と「計測の難易度」に応じて四象限で、企業を捉えていく切り口の一つを紹介した。
たとえば、事業新規性が高く、計測が容易な「代替技術」は市場規模推計、「多角化進出」は企業全体の力が問われる。事業新規性が低く、計測が容易な既存形態の小売業・宿泊業はシェア推計、後継者のいる斜陽産業は生存者利益が重要となる。
事業新規性は高いが計測が困難な感性勝負の「BtoC」、「新技術」はいずれもキーパーソンを特にグリップする必要がある。事業新規性が低く、計測も困難な地域に欠かせない生活インフラ業などは、あらゆるコベナンツを盛り込み「逃げられない関係性」で取り組むしかない。
▽融資管理
企業価値担保権は当初、1金融機関当たり数件というのが見通しだ。しかも、これまでの不動産担保などでは、担保評価が十分ではない未保全先が対象として想定される。
405事業によって、本来は破綻懸念先とも考えられるところを要注意先として債務者区分を維持していた企業群であろう。
既存の融資規定・格付けシステムに企業価値担保権を無理やり適用しようとする必要はなく、伊藤氏は「本部直轄の特別枠として対応する」としている。
創業先、新規事業先も対象としては想定される。
ただ、現実はこうした先には既に日本政策金融公庫、信用保証協会の支援制度が用意されている。このため、公庫・保証協会すら手を出せない案件を金融機関が独自に事業性を見出して、企業価値担保権を活用するシーンとなる。伊藤氏は「否定はしないがあまり現実的ではない」と考えている。
当面は、事業性評価をした上で、一行取引で臨まねばならないような「地域にはなくてはならない生活インフラなどを担う企業」や「債権放棄などの抜本再生で支援した会社」の当面の再成長支援が主な対象となると伊藤氏はみている。
こうした企業において、事業新規性の高低、計測の難易度に応じて、計測とコベナンツを織り交ぜながら対応していくしかない。
他方、金融機関側もこれまでの405事業で繰り返してきたようなリスケ対応は、企業価値担保権では許されない。
単なる債務者区分の維持を目的としてしまっている405事業では、簡易キャッシュフロー(CF、当期利益+減価償却費)が確保されてさえいれば看過されてきた。
伊藤氏は企業価値担保権においては、設備を維持するための投資支出を確保せねばならないとして、簡易CF+簡易CFの2~3割分が必要との認識を示した。中期的設備投資も見据えれば、簡易CF+精緻な投資計画に基づく投資額を確保しなければならない、とした。単なるリスケでは済まないのだ。
さらに金融機関に求められるのは、計画の達成・未達という結果の確認にとどまらず、CFを具体的にどこから獲得しているのかを把握することだ。
なお、別の記事では、金融庁が企業価値担保権付き融資の引当割合を米キャッシュフローレンディングの実績も踏まえ、余程の例外ケースを除き、大体1~3割程度で考えているのではないかという考察も紹介している。このあたりを読者は参考にされたい。
▽モニタリングは「キーパーソン」「肝となる数字」のグリップを
伊藤氏は、総花的な計画の着地の数字だけで終わらせず、「肝となる数字」「キーパーソン」を把握していくことが重要だとの認識を示した。それこそが金融機関がやってこなかった事業性の理解のはずだ。
建設業の場合は「1人当たり売上」と「総利益率」の相関、運送業は運転手1人当たりの売上推移、小売・飲食であれば、客数と原価率の分析だ。客数が減っているにもかかわらず、利益が出ている場合は、その地域から逃げられない高齢者が、スーパーから数量を減らした「実質値上げ商品」を買わされている可能性もある。
モニタリングは財務データだけでなく、企業価値を大きく左右するキーパーソンの状況を抑えなければならないとの考えを示した。
建設・製造業では、資格保有者、経験・熟練度がある積算担当者、小売・飲食業は商品部長、調理人がキーパーソンである場合が多い。
計画が未達でもキーパーソンに問題がなければ打ち手はある。伊藤氏が「危険だ」としたのは、計画を達成しているものの、キーパーソンに問題がある場合だ。たとえば、キーパーソンと社長の仲が険悪で、いつ退職してもおかしくない状況だったり、高齢・病気による離脱懸念だ。
また、伊藤氏は市場シェアによって、ある程度の巻き返しや撤退の見通しなども付けやすくなると指摘した。いわゆるランチェスター戦略の応用である。
41.7%を確保できれば、PDCAサイクルが相乗効果を上げる。26.1%あれば、ヒトへの投資に効果が上がるラインだ。10.9%は足場固めの最低ラインで、6.8%に創業3年目で達していないと、撤退・転換も検討すべき目安のラインだという。
▽日米の考察
以上が伊藤氏の勉強会でのリポートだ。
本サイトでも取り上げている企業価値担保権は、米国ではキャッシュフローレンディングとして定着している。
要は、企業価値担保権とは、米キャッシュフローレンディングを日本にも導入する話だとも解釈できる。
しかし、日米の融資慣行、組織態勢、人材育成には大きな開きがある。
20年間も過去実績という「バックミラー」を見ながらの運転を金融検査マニュアルで「矯正」され、担保・保証なくして融資はできないと叩き込まれたのが今の銀行員だ。
さらにはマイナス金利までも経験した世代が支店長以下である。融資は儲からない。背に腹は代えられず、物売り手数料商売に走らざるを得なかった。
米キャッシュフローレンディングでは、スタートアップ、ベンチャーが主な対象だが、日本には伊藤氏の指摘通り、日本政策金融公庫、信用保証協会の支援制度もある。金融庁にも検査、監督のノウハウ・知見・人材もいない。
こうした中で、将来CFを見極めた取引に進もうというのである。日本は日本なりの滑り出しをする。当然、思わぬ失敗、失態もあるはずだ。最も必要なのは、我が国の地域金融が、バックミラーではなく、初めて前を見て、危険を予測しながら運転し始めるということだ。