◎情報共有サイトWA.SA.Bi.から見える外国人材の課題とは=森興産の挑戦②

 外国人材支援の森興産が2015年にサービスを開始したのが、外国人向け多言語情報共有サイト「WA.SA.Bi.(わさび)」だ。登録ユーザーは約2万1000人、国籍は136国・地域出身にも及ぶ。
 森隼人社長が「10年前とコンセプトは何も変わりません。『郷に入っては郷に従え』の前に、先に郷へ入った外国人がこれから入る外国人に日本の社会生活を教えてあげられる『コミュニティー』をつくりたかったのです」と語るのがWA.SA.Bi.である。なぜ「郷に入る前」が重要なのか。その背景を掘り下げると、日本における「外国人材の課題」がみえてくる。

◎情報共有サイトWA.SA.Bi.から見える外国人材の課題とは=森興産の挑戦②

 外国人材支援の森興産が2015年にサービスを開始したのが、外国人向け多言語情報共有サイト「WA.SA.Bi.(わさび)」だ。登録ユーザーは約2万1000人、国籍は136国・地域出身にも及ぶ。

 森隼人社長が「10年前とコンセプトは何も変わりません。『郷に入っては郷に従え』の前に、先に郷へ入った外国人がこれから入る外国人に日本の社会生活を教えてあげられる『コミュニティー』をつくりたかったのです」と語るのがWA.SA.Bi.である。なぜ「郷に入る前」が重要なのか。その背景を掘り下げると、日本における「外国人材の課題」がみえてくる。

▽日本社会のルールを学ぶ独特の難しさ

 森社長によれば、外国人材が日本に定着する上でボトルネックとなっているのは、日本社会の生活ルールや慣習をどう学ぶのか、だという。

 外国人留学生を受け入れる学校は「学問や学校生活」について、就業先の企業であれば、「職場での働き方」については教えてくれる。ただ、それ以外の社会生活のルールや慣習まで踏み込んで、丁寧に教えることはあまりない。

 たとえば、ごみの出し方は地域によって異なる。

 「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」に基づき、各自治体に一任されているため、地域の実情(処理施設の性能、財政状況、人口、住民の協力体制など)に合わせて独自のルールが設けられている。高性能な焼却炉がある自治体では、可燃ごみの種類自体が多い。

 リサイクル率の向上を目指す自治体によっては数十種類もの分別方法がある。資源ごみの回収率を上げるためだ。ごみ処理費用を抑えるために、住民に細かい分別、持ち込みを求めるケースもある。ごみ袋も自治体ごとに指定がある。分別を分かりやすくするため可燃ごみ、不燃ごみで袋の色を変えたり、カラス対策として黄色や半透明の色を採用し、住民にカラスに荒らされないごみの出し方を求めるところもある。これらを日本語が母国語ではない外国人に「日本に住む以上、当然、理解せよ」と迫るのは酷だ。

 ごみの分別だけではない。国民皆保険制度が整備された日本における病院の受診方法・保険の仕組み、交通マナー、騒音マナー、転入届、マイナンバーカード、区役所への諸手続き申請などは、学校、職場ではなかなか教えてくれない。こうした問題でトラブルを起こすと、「ダメな外国人」というレッテルを貼られ、孤立化を招き、最終的には日本での就学・就労意欲さえ失わせかねない。

 しかも、日本人の場合は「背中を見て学ぶ」「空気を察する」「暗黙の了解」と言われるように、親しくなるほど言語化しなくなるという独特の難しさがある。これは「言語化してくれないと分からない外国人」にとっては、社会生活ルールを学ぶ以前の高いハードルとなっている。

▽「郷」に入る前に学ぶ大切さ

 日本には396万人の外国人が「先輩」として生活している。

来日前に抱く「理想や幻想」だけではなく、「現実」にも目を向けさせる仕掛けが必要なのだ。

 森興産は、「我々が得てきた知見や、先に日本にやってきて暮らしている外国人が経験した失敗談などを、これからやってくる『後輩』の外国人に『日本ならではのリアルなルールや慣習』を教えるコミュニティポータルサイトが必要だ。そうすれば、心の準備もできるし、無用な失敗を避けられる。もっとスムーズに日本社会に溶け込める」(森社長)と考えた。

 WA.SA.Bi.は、こうした問題意識から開発された。

 WA.SA.Bi.では、ごみ出しの仕方、区役所、出入国在留管理局でのビザ手続きに加え、災害対応、先生・留学生による学校紹介、小児科の受診、国勢調査への対応、銀行口座の管理の仕方、携帯料金の支払い、大阪関西万博などのようなイベント、仕事探し、日常生活、ビジネスマナーなど、幅広いジャンルを扱っている。

 利用者は無料でログインして、それぞれの掲示板を読んだり、書き込むことができる。

▽20ものキャラクターはなぜ生まれたのか

 WA.SA.Bi.のサイトには、20ものキャラクターが適宜、質問に回答したり、情報提供している。

 当初は、森興産の社員をキャラクター化させていた。しかし、利用者が増え、ニーズも広がるにつれて、それに応えるための新たなキャラクターが生まれていった。

 「実は、すべてのキャラクターに詳細な設定をつくりこんでいます。何歳で亡くなるかまで決めています」と森社長は明かす。

 たとえば、中国出身の「ゆりちゃん」は、「中国の大学を卒業後、日本の大学院に進んだ後、就職をした」という具合だ。

 日本で働き、暮らしていくと、ライフステージによって、課題自体が変わっていく。

 仮に日本人と結婚しても離婚してしまえば、「日本人の配偶者等」の資格を失い、それによって日本で築いた仕事、子育てという生活基盤を失う恐れすらある。就職、転職、結婚、出産、離婚で変わるステータスを根拠となる法律の条文を説明しても外国人には理解が難しい。そういう複雑なケーススタディをキャラクターたちの「物語」で見せるようにしたわけだ。森社長は「本当はこれを漫画にしたかった」と語る。

 行政用語や法制度が難しくても、外国人は自分と似たキャラクターを探すことで、視覚的に学びやすくなる。

 そのため、キャラクター同志で結婚、出産、日本人と外国人のハーフ、さらには離婚した設定もある。実際にそうした外国人もいろいろな生き方をしながら日本で暮らしているからだ。相談が2万人以上ともなれば、できるだけリアリティーに即した方が質問者のためにもなる。

 ちなみに食パンに模した「パンさん」は、森社長をキャラクター化したものだそうだ。遊び心は忘れない。

▽「タテ串」と「ヨコ串」

 WA.SA.Bi.を含めて、森興産の外国人向け情報提供のあり方には、工夫が凝らしてある。

 日本ではあまり意識されないが、「国籍や人種だけで外国人をジャンル分けして情報提供するだけでは、必ずしも十分ではない」と、森興産は考えている。

 森社長は「国籍、言語は言うなれば『タテ串』です。これだけではなく、宗教、趣味・関心事という『ヨコ串』でも外国人にとっては大切な価値観です」と指摘する。

 同一の国籍でも宗教、言語、関心事が違う外国人もいるからだ。むしろ、「ヨコ串」の方に強いアイデンティティーを抱く者もいるはずだ。

 情報提供やコミュニティーづくりは、提供者本位では成立しない。情報の受け手、コミュニティーへの参加者にこそ関心を持ってもらい、心に響かなければ、伝わっていないのと同然だからだ。

 スライドを使ったプレゼンでも、日本と外国人で見え方が異なる。日本人は、漢字ごとの意味を考えながら文脈を予測し、理解していく。これに対して、外国人の目がとまるのは、漢字よりも「ひらがな」だ。しかし、漢字の意味が分からないと文章の理解は極めて難しい。

 こうした外国人にどうしたら興味、関心を持ってもらい、自分事としてかかわるようになるのか。WA.SA.Bi.は、遊び心も持ち合わせながら、そうした人間の行動科学を考えて運営されているのだ。

▽きっかけづくりは自分たちで

 外国人がWA.SA.Bi.のサイトを閲覧する理由は、「自分の失敗談でも匿名性が保たれているから」だという。WA.SA.Bi.というプラットフォームを用意しただけでは、利用しない。「だからこそ『きっかけづくり』は我々がやらねばならない」と森社長は語る。

 学校とも協力し、きっかけづくりを広げている。新入生にはWA.SA.Bi.に集団で登録してもらっている。

 また、学校とWA.SA.Bi.で双方から同じことを伝えるようにしている。人は相手以外の「第三者」からも同じことを言われると、その指摘事項を受け止めやすくなる「社会的証明」と心理学で呼ばれる傾向がある。無関係の複数人、第三者の意見や行動を参考にして、自分の判断や行動を正当化しやすくなるのだ。

▽本当に伝えたいのは日本の「精神性」

 WA.SA.Bi.の「WA」には「和」「ワクワク」「笑い」、SAには「サポート」「探す」「最高」、Biには「美」「ビジネス」「遊び」という意味合いがそれぞれ込められている。

 命名の由来について森社長は、「本当は『わび・さび』としたかったのですが、日本食として認知されている『ワサビ』にならい、『WA.SA.Bi.とした方が良い』という社内の声が強かったんです」と明かす。

 わび・さびは、完璧ではないからこそ、美しさを感じ取ることができる日本独特の精神性である。外国人が感じる日本の良さ「安全・清潔・便利」だが、森社長は「本当に伝えたいのは、その根底にある美意識であり、日本のマインド、精神性です」と強調する。

 完璧ではないものを減点法で判断するのではなく、未完の状態にこそ「美しさ」を見出す「わび・さび」の心には、他者への尊重を忘れない「寛容性」にも通じる精神性がある。外国人材を「未完の隣人」とするならば、WA.SA.Bi.が目指しているところも、外国人による「日本への深い理解と尊重」の実現に違いないはずだ。森興産の挑戦は、この実現にある。

著者について

森興産

外国人材支援で、多言語メディア/情報発信、キャリア支援・就職支援、教育研修・育成、雇用・管理システム/アプリ、イベント企画・運営、通訳・翻訳、海外マーケティングなどを手掛ける。経済産業省・大阪府・京都府・神奈川県・群馬県等が実施する外国人関連事業の受託実績多数。全国1600校以上の学校機関への情報配信、およびキャリア構築のための講義の実施。金融機関(地方銀行9行)と共に企業が抱える人的課題(採用・定着・育成)解決、海外事業展開を伴走支援

関連記事

この記事を読んだ方におすすめ

LINE友達登録で最新情報をお届け

新着記事やセミナー情報を見逃さずにお受け取りいただけます

週1〜2回の配信予定

LINE友達追加

※ ログインが必要です

この記事の課題解決をサポートする専門家

森興産

外国人材支援で、多言語メディア/情報発信、キャリア支援・就職支援、教育研修・育成、雇用・管理システム/アプリ、イベント企画・運営、通訳・翻訳、海外マーケティングなどを手掛ける。経済産業省・大阪府・京都府・神奈川県・群馬県等が実施する外国人関連事業の受託実績多数。全国1600校以上の学校機関への情報配信、およびキャリア構築のための講義の実施。金融機関(地方銀行9行)と共に企業が抱える人的課題(採用・定着・育成)解決、海外事業展開を伴走支援

詳しい情報を見る