◎国際交流は「友好」から「競争」の時代=自治体外交のパラダイムシフト―森興産③
人口減少で働き手が不足している今、外国人材という労働力の確保は、地方自治体の待ったなしの課題だ。インバウンド(訪日外国人観光客)市場における外貨獲得の争奪戦は激化の一途を辿っている。
国際交流は、「行政交流」を超えて双方の認知度と親密性の向上、人と企業の重層的な交流という「継続的な実利」を伴うものでなければならない時代が到来している。
- 2025年12月7日
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◎国際交流は「友好」から「競争」の時代=自治体外交のパラダイムシフト―森興産③
これまで、地方自治体の国際交流といえば、海外の「姉妹都市」との相互訪問や記念品の交換、学術交流といった一過性のイベント型の傾向が強かった。
「友好ムード」を打ち出すものの、姉妹都市間という「点と点」の活動という域を出るものではなかった。いわば行政機関同士の交流自体が半ば目的化したものだったのかもしれない。
しかし、人口減少で働き手が不足している今、外国人材という労働力の確保は、地方自治体の待ったなしの課題だ。インバウンド(訪日外国人観光客)市場における外貨獲得の争奪戦は激化の一途を辿っている。
国際交流は、「行政交流」を超えて双方の認知度と親密性の向上、人と企業の重層的な交流という「継続的な実利」を伴うものでなければならない時代が到来しているのだ。
今回は、ベトナムにおいて、現地密着型のコーディネートで自治体間の国際交流事業を受託・運営する森興産の森隼人社長に、ベトナムの地政学的な可能性、神奈川県の挑戦、これからの国際交流のあり方について聞いた。
▽ベトナム語で熱唱する神奈川県・黒岩知事
ベトナムで最も有名な日本の自治体首長が、神奈川県の黒岩祐治知事であることは、実は日本ではほとんど知られていない。
2025年11月、ベトナム・ダナンで開催した神奈川県との国際交流イベントで、黒岩知事がベトナム語で熱唱した「ブルー・ライト・ヨコハマ」が流され、会場を沸かせる一幕があった。
2024年12月4日、ベトナム政府は黒岩知事に日本の知事では唯一となる「友好勲章」を授与した。黒岩知事のトップセールスが、自治体首長で群を抜いていることの何よりの証である。他の自治体もこれに続け、という勢いだという。
ただ、そんな神奈川県にも、これまで「『横浜』はベトナムで知られていても、『それが神奈川県にある』とはほとんど知られていない」という「面、エリアとしてのPR」が足りていなかったという切実な課題があったのだ。
▽「時間管理」が武器に
ベトナムで開催される国際交流イベントの多くは、想定した時間どおりに進行が進まないという課題を抱えている。登壇者の台本にない発表、急な交代、通訳の必要性などが重なることが要因だが、日本との「時間感覚」についての文化の違いも影響しているようだ。
神奈川県がベトナムで毎年実施してきた「KANAGAWA FESTIVAL」においても、各プログラムが予定した時間を超過し、夕方にさしかかると、家庭の事情や塾通いなどのため、退席してしまう学生が目立ち、イベント自体が尻すぼみとなってしまうこともあった。これを秒単位で勝負してきたキャスター出身の黒岩知事が問題視しないはずがない。
森興産は2024年に神奈川県の受託事業に始めてプロポーザル方式(企画競争入札)に入札したが、500満点中の1点差で大手人材派遣会社に敗れていた。
捲土重来で入念に準備し、再び手を挙げた2025年、森興産が初めて受託したのだ。
森興産は、イベントを運営する精度の高い「時間管理」という実務能力が評価された。なぜ大手にできなかったことが、森興産にできたのか。
▽ベトナム人社員の「突破力」
それは、「ベトナムタイム」とも呼ばれる独特の時間感覚をもつベトナム人を相手にしても、外国人材の活用と人脈づくり、地道な信頼関係の構築、さらにはこれまでのイベント運営で培ってきたノウハウという森興産の総合力が発揮されたからであった。
森興産のダナンでの足場は2019年から築いてきた。
特に20代のベトナム人の女性社員がキーパーソンとなった。入社6年目のこの社員は、岡山にある大学出身で、森氏が講師を務めていた時の教え子だ。
森氏は、この社員の現地の交渉や人脈形成を任せた。微妙なニュアンスが問われる交渉では母国語を話せる現地出身者がうってつけだった。現地の政府機関にも入り込み、物おじしない持ち前の「突破力」で八面六臂の活躍だったという。
かつて日本の領事館に出向していたベトナム人官僚との交流も結実した。この官僚が本国外務省に戻ってからも、ベトナムでのイベント成功のために現地の関係機関への周知、協力要請を惜しまなかった。
人脈を最大限に活用した結果、8大学、3高校の計11校から学生含め総勢400人もの参加者の動員に成功した。バスをチャーターし、片道2時間をかけてダナンのイベント会場までやってきた遠方の学校もあったという。
当日の運営では、「バッファーを見込んだ進行表に基づいて運営しました」と森氏。ベトナムタイムを見越し、余裕のあるスケジュールを組んだのだ。たとえば5分の予定のプログラムを実際には7分と予想した。
日本語の逐次通訳も、原稿のあるプレゼンの場合、あらかじめ原稿に基づいて日本語訳をしておき、字幕をスクリーンに投影する工夫も凝らし、時間短縮の方策を随所で実施したのだ。
▽ベトナムの地政学的可能性
森興産は、はやくからダナンに目をつけてきた。今、熱いのは「ダナン」だという。
政治の中心地は北部の首都ハノイ、経済の中心地はホーチミンだ。ハノイには四季があり、冬には気温10℃まで下がることがある。南のホーチミンは常夏だ。森氏も「暑いホーチミンでダウンが売られていることに最初は違和感があった」と語る。ハノイなどで着るためのものだったと後になって気づいたという。
ダナンは南北に細長いベトナムの中部に位置する。リゾート地として知られるが、実はASEANの「東西経済回廊」(ミャンマーのモーラミャイン港を西端とし、タイ、ラオスを経由して、ベトナムのダナン港を東端とする全長約1450キロメートルの全天候型高速道路網)における経済戦略上の重要な玄関口でもあるのだ。
ダナン港がハブ化すれば、タイ、ラオスの物資を陸路でダナンに集約し、太平洋へ直接出荷ができる。
ベトナムは2025年7月、行政区の再編(63省市を34省市に集約)で、それまで小さな都市に過ぎなかったダナンを面積10倍の大都市に移行させたのだ。ここにダナンをハノイ、ホーチミンに次ぐ大都市にする政策的な意図が読み取れる。
ダナンには、ホテル三日月(千葉県勝浦市)が120億円を投じて、スパ&リゾートを建設、運営している。
▽脱「待ちの姿勢」の海外戦略を
「今までの日本は「経済大国」であることを背景に『待ちの姿勢』でベトナム、インドネシア、タイと向き合ってきましたが、それはもはや通用しない」と森社長。
インバウンドを狙うなら、まずは知ってもらうためのアウトバウンドが避けて通れない。
神奈川県がダナンでのPRに取り組んでいるのは、先見性ある戦略に基づいてのものだ。
ただ「働きに来てください」と呼びかけるだけでは効果薄である。「まずこちらから乗り込み、地域の魅力を伝え、教育の種を蒔き、その上で日本に招く。この循環をつくらなければならない」(森氏)。
これまで日本企業がホーチミンなどベトナムに多大な投資をしてきた。今後は、経済的結びつきに加え、人的な結びつきにつなげていく取り組みがますます重要になる。