中小企業は「いきもの」である ②
中小企業支援の現場をみていると、損益改善の結果を出す支援と、そうでない「名ばかり支援」がある。取材を通じて感じるその決定的違いは、中小企業を「いきもの」として捉え、アプローチしているか否かの差だ。中小企業が「いきもの」として、「自ら問題に対処して生き抜く力」を発揮できないようなものは、その企業にとってはどこまでいっても「やらされ改善」に過ぎず、結局のところ自分事にもならない。一時的な改善はあったとしても、長続きしない。本コラムでは、なぜ企業支援が「いきもの」として企業に向き合わなければならないのかを考える。
- 2025年10月8日
- 6分で読める
- 369回閲覧
中小企業は「いきもの」である ②
中小企業支援の現場をみていると、損益改善の結果を出す支援と、そうでない「名ばかり支援」がある。取材を通じて感じるその決定的違いは、中小企業を「いきもの」として捉え、アプローチしているか否かの差だ。中小企業が「いきもの」として、「自ら問題に対処して生き抜く力」を発揮できないようなものは、その企業にとってはどこまでいっても「やらされ改善」に過ぎず、結局のところ自分事にもならない。一時的な改善はあったとしても、長続きしない。本コラムでは、なぜ企業支援が「いきもの」として企業に向き合わなければならないのかを考える。
▽ジャガーはなぜ生き残ったのか
ジャガーはネコ科である。同じネコ科のライオンに比べて腕力は弱く、チーターに比べれば脚力が劣る。
イケていない二流の企業支援は、こうした「ジャガー」(つまり支援企業)に対し、「あなたはネコ科なのだから、ネコ科の勝ち筋はライオンかチーターだ。筋トレをしてライオンになるか、短距離走を練習してチーターになりなさい」と、課題の指摘から入る。極めて教科書的な助言である。
もちろん、うまくいくケースもある。元々の経営者の素養や企業の立ち位置の優位性を存分に発揮して、百獣の王になったり、最速スプリンターとして見事に変身する「ジャガー」もいるだろう。
しかし、変身できないその他多くの「ジャガー」に対しては、「経営者の能力や志が低かったのでうまくいかなかった」と結論づけられて終わりだ。これが、筆者が見てきた二流支援である。なるほど中小企業は人材、資金力、物量、知識・情報力のすべてに乏しい。だが、それを嘆いたところで何も始まらず、手持ちの経営資源でどうにかこうにかして生き抜くしかない。それを後押しし、なんとか形を整えるのが企業支援ではないか。
では、自然界ではライオンより弱く、チーターより遅いジャガーはなぜ生き残っているのだろう。ここでは、中小企業のたとえとして話しているので、実際の生息・競合状況は不問とする。
ジャガーが生き残っているのは、木登りや泳ぎが得意だからだ。
▽課題の指摘から入る二流支援
ネコ科は、木登りは得意としても泳ぎは「得意」ではないとされる。
ライオンより身軽なジャガーの方が高所まで登れるだろう。つまり、ネコ科の一般的な特技ではない「泳ぎ」を体得し、どのネコ科よりも高く獲物を引き上げる技量を持っているからこそ、競合を避けて、生き残ってきたのではないか。
致命的でなければ、「弱み」ですら必ずしも克服すべきものではないのだ。むしろ発想を変え、立ち位置を変え、戦い方を変えれば、別の「強み」になることさえある。設備・工場を持っていないから「弱み」であることもあるし、逆に設備・工場を持っていないからこその「強み」も状況次第ではありうる。
つまり、二流の企業支援は、業種やジャンルで分類し、定型的で教科書的な「勝ちパターン」を頭ごなしに中小企業に当てはめようとする傾向があるのだ。
より分かりやすい言葉で述べれば、相手が誰かれ構わず「課題の指摘から入る支援」だ。こう書くと、少なからぬ読者が、身に覚えがあるのではないか。
▽「課題」を決めるのは誰か
再生請負人こと、北門信用金庫伊藤貢作氏が執筆し、金融庁が新型コロナウイルス禍で企業支援策として打ち出した「業種別支援の着眼点」は、業種ごとの一般特性、業界常識を網羅している。支援の入門編だからだ。
しかし、当の伊藤氏本人は、この「着眼点」を持ち歩かない。現場、現物、現実を踏まえて、支援を組み立てていく。「あるべき論」ではなく、「経営者がやりたいと思っていることを実現する」のが伊藤氏の支援の真骨頂だからだ。
北海道砂川町の馬具・皮鞄メーカー、ソメスサドルの支援もそうだった。「いつかは東京・銀座に出店したい」というソメスサドル・染谷昇社長(当時)の目標を伊藤氏は決して否定せず、むしろ「すぐに出店しましょう」と、ドライブ(発破)をかけた。企業支援者が、である。
当時のソメスサドルは業績不振で、東京・銀座に出店できるはずもない。むしろ、染谷氏が「今すぐ出店できない理由」を伊藤氏に示した。物流拠点の整理、人の配置、財務面など、数々の課題があった。ここで注意したいのは、目標のために克服すべき課題を経営者自ら設定したことである。
▽他人から与えられた「課題」の弱さ
伊藤氏にすれば、想定される課題などいくらでも思いつく。しかし、それを口には出さない。逆に、その時点では「無理筋な夢」を煽ることで、ソメスサドルとして何を目指し、その実現のために何から手をつけるかを「決めさせた」のだ。「相手の話から出ない」が伊藤氏の口癖である。その本質は「相手に決めさせる」ための手立てでもあったのだ。
人は優先順位を決めると、物事に熱中して取り組み、パフォーマンスを出しやすくなる。何かを諦めたり、犠牲にしたり、後回しにすることで、今やるべきことに集中せざるをえない状況に自分を追い込むからだ。不毛なノルマではなく、夢や目標の実現のためならば人は我慢し、努力できる。
子供の勉強や習い事、スポーツ選手でも同じである。他人から与えられた課題は、「自分が決めたわけではない」「所詮、無理な課題をやらされただけだ」と、責任転嫁ややらない言い訳の余地を許してしまう。自分で宣言し、設定した課題の方が遥かにエンゲージメントは高い。
▽呼吸を読み、心理の妙を操る
伊藤氏が太鼓判を押す企業支援のプロフェッショナル、黒澤祐一氏(ブレイン・アンド・キャピタルソリューションズ マネージングディレクター)も、「課題の指摘から入らない」。もちろん、課題の目星などはついている。しかし、「夢や目標」「大切にしている価値観」を実現したり、守ることと、「課題」を必ず結び付ける。
そして企業・経営者にとっての課題、つまり「痛いところ」にどう攻め込むかは、「決め打ち」するものではない。「いきもの」である経営者、幹部、従業員の呼吸を読みながら考えているのだ。
最終的には、企業・経営者が現実から逃げず、自分事として向き合う覚悟を決めねば、経営改善など始まらない。しかし、そう仕向けるための「最適な手段・経路」はワンパターンであるはずがない。状況次第だ。「厳しい指摘」を経営者に通告しなければならない場合も、有力取引先に言わせるべきか、頭の上がらない親族か、「誰から話してもらうのが最も効くのか」を考え抜いて黒澤氏は動いている。
「自分で言い出した夢」と、それを実現するために「自分で定めた課題」を諦めるのは難しい。ましてや、家族、従業員、社外にも堂々と宣言してしまった場合には、なおさら撤回することのハードルがあがる。一度公言した手前、引くに引けなくなるという、いわば恥の文化が作動するからだ。このあたりの人の心理の妙を操ってこそ、一流支援者なのだ。
▽怪人二十面相
伊藤氏、黒澤氏を取材していて、共通するのは、財務面、数値・指標などを把握し、最終的に結果として出さなければならないものと考えているが、それ以上のものではないと考えているところだ。
むしろ「最大の勝負所」としてエネルギーを割いているのは、企業に眠っている「野性」をどう引き出すか、という一点にある。経営者、幹部、従業員が目指すべきもののために努力し、一歩ずつでも成果を出し、確信に変えていく工程である。
企業支援に携わる者として財務や数字、業種特性を理解しておくことは、バッターボックスに入る前に終えておくべき、基礎体力づくりや練習、バットの手入れのようなものだ。高打率のバッターになるためには、企業経営者を取り巻くすべての状況から相手の心理を読み、時には静かに話を聞くことに終始し、時には意図的に煽って挑発し、時には外部人材を使って泣き落としたりと、変幻自在である必要がある。
実際、伊藤氏が支援で関与した複数の企業を、筆者は事後取材したことがある。経営者に「伊藤氏はどういう人物だったか」と問うたところ、ある経営者は「もの静かでジッとこちらの話を聞き続け、迷いがある私の話を整理してくださる実に優しい方でした」と話し、別の企業幹部は「こちらの商品提案に強烈なダメ出しを連発されました。私たちが東京の有名店バイヤーに売り込もうとしているのを察知してか、敢えて厳しい姿勢で模擬交渉をしていただいているんだと理解していました」と返した。
その怪人二十面相のごとき謎の人物像は、どれもバラバラで似ても似つかないものだった。しかし、その残像にこそ企業支援の真理があるように感じるのだ。まったく同じ「いきもの」など存在しないのだから。支援者もまた、同じ人物像である方がおかしいのかもしれない。