◎必要は「事業」の母―地域の声で生まれたサクシードの事業承継M&A
中小企業の後継者不足は深刻化の一途だ。それを解決する手段の一つである事業承継・M&A(企業の合併・買収)の真価が問われている。
本コラムでは11月配信のラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」 https://www.radionikkei.jp/urabana/251126.html で登場いただいたサクシードの水沼啓幸社長のインタビュー内容を取り上げつつ、サクシードの起業の経緯、経営理念、事業拡大の軌跡を考察する。
- 2025年11月30日
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◎必要は「事業」の母―地域の声で生まれたサクシードの事業承継M&A
中小企業の後継者不足は深刻化の一途だ。それを解決する手段の一つである事業承継・M&A(企業の合併・買収)の真価が問われている。
本コラムでは11月配信のラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」https://www.radionikkei.jp/urabana/251126.html で登場いただいたサクシードの水沼啓幸社長のインタビュー内容を取り上げつつ、サクシードの起業の経緯、経営理念、事業拡大の軌跡を考察する。
サクシードは、地域のニーズ、求められる声に応じて事業領域を拡大してきた。M&A自体が目的化している会社とはまったく異なる。
元栃木銀行員の水沼氏が、なぜ、独自のM&Aプラットフォームを立ち上げるに至ったのか。その背景には、「地域の優良企業を、地域の資源として次世代にバトンタッチする」という、血の通った哲学がある。
▽アトツギが戻ってこられる場所つくる
水沼氏の原点は2000年、栃木銀行に入行した時期に遡る。
当時は金融危機の真っ只中であった。山一證券の破綻などがあり、水沼氏も「終身雇用は崩壊した。これからは自分の腕で生き残らなければならない」という強烈な危機感の中で社会人生活をスタートさせた。
銀行員として10年、金融の最前線でもまれた。特に印象的だったのは、外回り営業に出た時のことだった。「書類上の数字だけで企業を判断していた自分がいかに浅はかだったか」と振り返る。
独立志向は入行以来あったが、大きな動機となったのは、同世代の友人たちの存在であった。地方には、家業を継ぐためにUターンしてくる「アトツギ」が大勢いるが、東京の大手企業で修行し、意気揚々と戻ってくると、実家の会社には、試算表すらない、事業計画もない、どんぶり勘定の経営実態が待っている――。
「彼らが戻ってきた時、絶望しないように会社の経営計画をつくったり、サポートする地元のコンサル会社が必要ではないのか」と水沼氏は考えた。「戻ってくる場所がない」などという悲劇を起こしてはいけない。これが起業の原点だった。
▽儲かるから始めた事業はない
サクシードの成長の軌跡は、一風変わっている。「儲かるからこの事業を始めた、というものは一つもないんです」と水沼氏は明かした。
創業当初は、元銀行員のスキルを活かした資金繰り支援からスタート。その後、顧客である後継者たちが成長し、社長になるにつれて、悩みも当初の「資金」から「経営計画」「DX」、そして「M&A」へと変化していった。サクシードの事業拡大は、常に顧客の「困りごと」が先導していたのだ。
特にM&A支援に参入したきっかけは象徴的だった。ある顧客から「銀行や大手仲介会社に相談したら、手数料が高すぎるし、顔の見えない相手とマッチングされそうになった」という相談を受けたことだった。
「うちの顧問なんだから、サクシードでやってよ」―。この声から始まった。
顧客からの要望に応えるため、ゼロからM&Aの勉強を始めた。そこで見えてきたのは、既存のM&A業界の歪みだった。成約手数料目当てに、地域の事情を無視して、売却させる。その結果、買い手企業が従業員を解雇したり、地元の取引先を切ったりして、地域経済が疲弊していく―。
「これでは地域のためにならない。M&Aは『会社を売る』ことではなく、『事業を地域に残す』ことであるはずだ」
水沼氏の思いが、2020年の地域特化型M&Aプラットフォーム「ツグナラ」のローンチへとつながっていく。
▽「ツグナラ」が目指す、顔の見える事業承継
事業承継の「買い手」となる企業が登場するメディア「ツグナラ」の最大の特徴は、「地域特化型」かつ「参加型」であることだ。
1. 財務データよりも「ストーリー」を伝える
一般的なM&Aサイトは、売上や利益などの財務データが前面に出る。しかし、ツグナラは「メディアサイト」を強く押し出している。
例えば、老舗の和菓子店では、単に「和菓子屋、売上〇〇万円」と紹介するのではなく、「地域で愛される『〇〇饅頭』の味と、職人の技術を残したい」というストーリーを発信している。金銭的な条件だけでなく、「この味を絶やしたくない」という理念に共感する買い手を募るのだ。
2. 「買い手」の質を厳選する
ツグナラでは、買い手企業(地域資源の引き受け手)の顔がみえる。「M&Aはお見合いと同じ。条件も大事ですが、承継する会社が、どんな社風で、どんな将来を描いているかが重要です」と水沼社長。
従業員を大切にするのか、地域との関係を維持するのか。そうした「定性的な安心感」を担保することで、売り手企業が安心して相談できる環境をつくっている。
3. 地域全員で支える「コストダウン」の仕組み
通常、小規模な事業者のM&Aは、仲介手数料が割に合わず、専門家から敬遠されがちだ。
そこでサクシードは、地域の金融機関、士業、自治体と連携。それぞれの専門家が役割分担することでコストを下げ、小規模事業者でもM&A支援を受けられる「参加型」のエコシステムを構築している。これは、足利銀行の経営破綻などを経験し、「地域経済は自分たちで守らなければならない」という意識が高い栃木県だからこそ実現したモデルである。
▽「地域共生」「サプライチェーン防衛」というM&Aの新しい潮流
水沼氏によれば、M&Aにも新しい潮流があるという。
茨城県の小野写真館の事例では、社長は「利益」のためではなく、「社員のキャリア」のためにM&Aを実施しているという。地域で会社が成長すると、どうしても幹部ポストが詰まり、若手の昇進機会が難しくなる。そこでM&Aで他社を引き継ぎ、30代の若手社員を社長として送り込むのだ。
「彼らに年収800万円を払えるポストを作りたい」―。
地域の人材育成と事業承継の問題を同時に解決する企業の挑戦だ。
島根県のビルメンテナンス会社・さんびるは、ビルメンテナンスの本業とは無関係のスーパーマーケットを買収している。その理由は、「町からスーパーがなくなると住民が困るから」であった。
事業収益を稼ぎながらも、それだけでは終わらない。「地域のインフラを守る」という使命感によるM&A。これこそ地方の中核的企業が目指すべき「公益資本主義」的なあり方だ。
サプライチェーンを守るという観点も忘れてはならない。
ある工務店では、外注先の建具屋が高齢化で廃業しそうだと聞き、自社に取り込んだという。「M&Aなんて関係ない」と思っている企業でも、取引先が廃業すれば自社の事業も止まってしまう。自分の会社を守るために、取引先を継承する。これもまた、新しいM&Aの形である。
「M&Aという言葉が独り歩きしていますが、要は『自分たちの仕事と暮らしをどう守り、どう次へ繋ぐか』という話なのです」と水沼氏。
▽サクシードの「2040年ビジョン」
サクシードは現在、川崎市や福島県いわき市など、多くの自治体と連携を広げている。自治体にとっても、中小企業の廃業による税収減は死活問題だからだ。地域の問題は事業者だけの問題ではない。自治体、銀行、関係機関すべての問題だ。全員が当事者のはずだ。
サクシードは2040年を見据えている。
水沼氏は「地域の事業承継が進み、足腰の強い中堅企業が増えれば、彼らはやがて海外へ進出し、直接外貨を稼ぐようになります。中小企業こそが、日本の国力を支える主役になるのです」と夢を語る。
「外貨を稼ぎたい」という、未来の顧客の声にもサクシードは先回りして応えるはずだ。