◎「業種別支援の着眼点」で目利き人材養成を(企業価値担保権③)

 金融庁は2026年1月26日、「企業価値担保権の『業種別支援の着眼点』を活用した実務的理解」と題する地域金融機関向け勉強会を開催する。講師を務めるのは、「業種別支援の着眼点」の原案を作成した北門信用金庫の伊藤貢作常勤理事(企画部長兼企業支援室長)だ。
 勉強会の案内によれば、「中小企業に対する企業価値担保権の活用に必要な事業性の把握やコベナンツ設定等のポイントを、活用案を交えながら『着眼点』の目線を用いて解説」するという。

 これは、企業価値担保権を実務に落とし込むための貴重なヒントをつかむ機会となるだろう。

 金融機関は、企業価値担保権の運用開始を見据えて、目利き人材の養成を急ぐ必要がある。

◎「業種別支援の着眼点」で目利き人材養成を(企業価値担保権③)

 12月15日に開催されたジンテックの地域金融機関向けセミナー(4回目)で、企業価値担保権について新たな学びがあった。本稿で共有しておきたい。

▽目利き人材の養成

 企業価値担保権を活用した融資を実行する上で不可欠なのは、金融機関が企業の事業性を深く理解できる「目利き人材」を育成することだ。

 しかし、セミナーに参加したどの金融機関からも、そうした人材の育成が立ち遅れているという共通の問題意識がうかがえた。

 将来キャッシュフロー(CF)を見極めながら取引する融資慣行は、どの金融機関においても経験値が乏しい。2026年5月25日の企業価値担保権のスタート以降、「少しずつやりながら覚える」というのが実状だろう。

▽企業価値担保権のヒント

 ただ、その前にもできる準備はある。

 金融庁は2026年1月26日、「企業価値担保権の『業種別支援の着眼点』を活用した実務的理解」と題する地域金融機関向け勉強会を開催する。講師を務めるのは、「業種別支援の着眼点」の原案を作成した北門信用金庫の伊藤貢作常勤理事(企画部長兼企業支援室長)だ。

 勉強会の案内によれば、「中小企業に対する企業価値担保権の活用に必要な事業性の把握やコベナンツ設定等のポイントを、活用案を交えながら『着眼点』の目線を用いて解説」するという。

 この勉強会は、案内開始と同時に「即完売」(満席)となった。これを受け、同23日に追加勉強会が実施され、さらに2月20日には近畿財務局でも開催される運びだ。  

 金融庁は3月中にも、「着眼点」に基づき、審査の目線で業種をどう捉えるかという切り口の内容をまとめた続編を公表する予定だ。

 制度開始の5月25日から逆算すれば、1~2月に開催される伊藤氏の勉強会、そして3月にも公表される続編は、企業価値担保権を実務に落とし込むための貴重なヒントをつかむ機会となるだろう。

▽着眼点の応用活用

 「業種別支援の着眼点」は、2025年3月までに10業種が公表された。元々は、新型コロナウイルス禍の窮境企業を支援するために作成されたものであった。

 だがコロナ禍を経て、現在では物価高や人手不足という「ニューノーマル」(新常態)における中小企業の生産性向上のために活用されている。

 みずほ銀行では若手行員の研修材料として扱われ、埼玉りそな銀行では営業担当者がラミネート加工された縮小版の「着眼点」を持ち歩くほどだ。

 数々の修羅場ともいえる再生局面を経験してきた「再生請負人」伊藤氏が、現場で使える支援の目線をコンパクトにまとめたからこそ、業態の枠を超えて浸透しているのだ。

 そして筆者は、この着眼点がさらに新たなフェーズに進むと予測している。それが、企業価値担保権における応用活用である。

▽「船のこぎ方」

 不動産担保・保証に依存しない融資管理を行ったことがないのは、金融機関ばかりではない。金融庁にとっても未知の領域だ。

 企業価値担保権付き融資は、1金融機関あたり数件程度という「スロースタート」を切る見通しだ。金融庁としても即座に対応できる「安全運転」の範囲内で運用させる必要があるためである。当局は、地域金融機関が将来CFを読みながら融資管理をした場合の回収率とデフォルト率を慎重に見極め、監督・検査に反映させていく考えだ。

 ただ、いくら「安全な海」だと言われても、船のこぎ方すら教わっていなければ、金融機関は海へ乗り出すことはできない。

 その最初の「船のこぎ方」となるのが、着眼点ではないかと筆者はにらんでいる。

 不動産担保と保証で保全されているという会計上の理屈を超えたところで、金融と中小企業の関係を考えたことがないのが、地域金融の実態だ。金融庁にもその知見はない。

 企業の将来CF、すなわち企業価値を見て融資するという、本来当たり前のことをこれほど小難しい問題にしてしまった元凶は、当サイトで口を酸っぱくして指摘している「金融検査マニュアル」だ。

 最も皮肉なことは、マニュアル漬けになり過去実績しか見えなくなった金融を救い出すのが、金融とは異世界である「再生という厳しい現場」を駆け回ってきた伊藤氏の着眼点であるという事実だろう。

 目の前の企業の損益を改善する現場支援力がなければ、どのような御託も全く無意味なのだ。

▽事業承継M&Aにも活用を

 ジンテックのセミナーには、地域金融機関と組み、現場に即した丁寧な事業承継M&Aをサポートするサクシードの水沼啓幸社長も参加していた。水沼氏は「事業承継時のM&A資金として、企業価値担保権を活用してほしい」と提言した。

 企業価値担保権付き融資は目的ではない。別の何かを実現するための手段だ。これを金融の技術論として語ることも重要だが、同時に有意義な活用を促すためには、事業承継など「待ったなし」の課題を抱える現場の声にも耳を傾けなければならない。

 中小企業の現場で使われ、これまで不可能だったことを可能にしなければ、新制度の意味がないからである。

著者について

編集長:橋本卓典

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。2009年から2年間、広島支局にも勤務。2020年編集委員。2025年8月から経済ジャーナリストとして独立。2016年5月に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)を上梓、累計35万部のベストセラーになる。NIKKEI FINANCIALにも寄稿。ラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」でパーソナリティも務める。

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1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。2009年から2年間、広島支局にも勤務。2020年編集委員。2025年8月から経済ジャーナリストとして独立。2016年5月に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)を上梓、累計35万部のベストセラーになる。NIKKEI FINANCIALにも寄稿。ラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」でパーソナリティも務める。

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