資金繰りの“見える化”はなぜ進まないか― 経営判断の精度と金融機関との信頼を高める ―
資金繰り表は、経営における「ダッシュボード」です。
スピードメーターや燃料計を見ずに車を運転する人がいないように、
資金繰りを見ずに経営を進めるのは極めて危険です。
資金繰り表は、融資手続きのための書類ではありません。
正しく運用すれば、業績改善につながる強力な経営ツールです。
今回は、資金繰り表の持つ効果と、活用を阻むハードルについて整理していきます。
- 2025年10月25日
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資金繰りの“見える化”はなぜ進まないか― 経営判断の精度と金融機関との信頼を高める ―BACソリューションズ マネージャー 眞田孝晶
1. 資金繰りを把握できていない中小企業へ
BACソリューションズの眞田です。
突然ですが、あなたの会社(あるいはご担当先)は、資金繰り表を作成されていますか?
作成されている場合、それは何か月先まで見通せているでしょうか?
そして、経営判断のツールとして機能しているでしょうか?
資金繰り表は、経営における「ダッシュボード」です。
スピードメーターや燃料計を見ずに車を運転する人がいないように、
資金繰りを見ずに経営を進めるのは極めて危険です。
しかし現実には、
・「銀行に言われたときだけ作る」
・「銀行提出用に作ってはいるが、社内では活用していない」
といった企業もまだ多く見られます。
私たちBACソリューションズでは、経営強化の一環として、
資金繰り表の精度向上と意思決定ツール化をサポートしています。
資金繰り表は、融資手続きのための書類ではありません。
正しく運用すれば、業績改善につながる強力な経営ツールです。
今回は、資金繰り表の持つ効果と、活用を阻むハードルについて整理していきます。
2. 資金繰り表を作成する2つのメリット
精度の高い資金繰り表には、中小企業の経営において2つの大きな効果があります。
① 経営判断の精度が上がる
資金繰り表があれば、「どのタイミングで、どの程度の資金余力があるのか」が明確になるため、根拠を持って経営判断を行う事ができます。
たとえば、
・半年後に資金が手薄になりそうだから、今のうちに銀行と交渉しよう
・余力がある今なら、設備投資をしてもリスクは低い
・採用費をかけたいけど、どのくらいかけても問題はないか
といった意思決定を、勘や経験ではなく数字に基づいて行えるようになります。
実際に資金繰りを可視化して経営会議を行うと、課題を早期に発見し、先回りで対策を打てるようになります。
その結果、業績が目に見えて改善するケースも少なくありません。
② 金融機関からの信頼が高まる
資金繰り表の精度の高さは、そのまま企業の信頼性につながります。
決算書や試算表が「過去の実績」を示すのに対し、資金繰り表は「未来の見通し」を示す資料です。
金融機関は融資を検討する際、「将来の収支バランスが取れるか」「融資後に資金が回るか」を確認します。
その際、管理資料や経営計画と連動した精度の高い資金繰り表があると、経営者の説明に説得力が加わります。
実際に、定期的に資金繰り表を基に報告体制を整備した企業では、
金融機関の反応が大きく変化し、決算前でも与信枠の拡大につながった事があります。
企業実態の「見える化」は、それ自体が金融取引の信頼向上に寄与するのです。
3. 資金繰りの可視化が進まない5つの理由
資金繰り表を通じて実態を把握できれば、企業にも金融機関にもメリットがあります。
それにもかかわらず普及が進まないのは、双方に課題があるからです。
【企業側の課題】
① そもそも必要性を感じていない
「利益が出ていれば問題ない」「お金の話は経理任せ」「先のことは予測しても仕方がない」といった理由で、必要性を感じていない経営者も少なくありません。
② 作り方が分からない
「経理はできても財務は分からない」「作りたいがやり方が分からない」「作っても読み解けない」という理由で、必要性は理解しているけど、止まってしまうパターンです。
③ 現実を直視したくない
「資金が減っていくのを見たくない」「自分の浪費が可視化されるのが怖い」といった心理的抵抗で作らない経営者の方もいらっしゃいます。はじめて可視化された資金繰り表を見て、こうした感想をこぼされた場面に何度か立ち会っています。
④ 精度が低く活用できない
形式上は作っても、経営計画や管理資料との整合が取れていないパターンです。
経理・財務と営業・製造など、部門間の数字が連動していないと、実態を反映できず、信頼されない資料になってしまいます。ズレが大きいと、経営管理の資料としては機能しないため、優先が必然的に下がってしまいます。
⑤ 作れるが見せたくない
金融機関への不信感から、数字を意図的に盛ったり曖昧にしたりすることもあります。
「悪い数字を見せたら融資を止められるのでは」「良い数字を出したら預金営業をかけられるのでは」といった不安感から、開示に消極的になってしまっているパターンです。
金融機関側は、「厳しく見た時でも資金繰りは回るのか」が知りたいので、資金繰り表は堅めの数字を見たいものです。
それに対して、盛られた数字が出てくる事は、実態が見えにくくなり、 企業の姿勢や能力に対する不信感を高める結果となります。
一方、金融機関側にも課題はあると感じています。
【金融機関側の課題】
⑥ 資金繰り表を読み解けない
面談時に企業側が資金繰り表を提出したにも関わらず、 そのまま持ち帰ってしまうケースが増えているという話は、企業側・金融機関側双方から伺います。資金繰り表を受け取った担当者が、資金繰り表の見方が分からない。もしくは、社長の説明と結びつけることができないと言った事が背景にあるようです。
⑦ そもそも関心が薄い
残念な話ではありますが、金融機関の方からは、資金繰りを把握しようという意図がない。資金繰り表は「審査に言われたらもらうもの」という認識の担当者も増えているというお悩みを伺う事もあります。
金融機関は、中小企業にとって、身近で資金繰り表の作成と、それを基にアドバイスを行う事ができる存在です。
また、本来実態把握を行う事は、金融機関にとってもメリットのある話です。
こうした課題が誤解や不信感を生み、結果として「資金繰りを通じた実態把握」という双方にとって、大きな機会損失と言えるでしょう。
4. 金融行政の変化が迫る「実態の見える化」
今後、「資金繰りを通じた実態の見える化」は一層重要になるでしょう。
2026年5月に導入が予定されている企業価値担保制度はその象徴です。
これからの時代、
・企業は自社の実態を説明できることが求められ、
・金融機関は企業を把握し、伴走支援できる力が求められます。
そのためには、これまでの誤解と認識のズレを埋めることが必要です。
まずは、資金繰り表を「融資書類」から「未来を見る経営ツール」へ。
そして、精度を高め、経営判断と外部説明の双方に活かしていく事が、企業・金融機関双方の発展につながるのではないでしょうか。