中小企業は「いきもの」である①

 中小企業は「いきもの」である。組織運営が仕組み化されている大企業と異なり、中小企業は経営者、不可欠な技術者・資格者・独自の調達ルート・販路という商流、大手・元請けとの関係性における立ち位置、立脚する市場などで、中小企業の興亡は決まる。支援にしても取材にしても、まずは中小企業を「いきもの」と捉えなければ、何も始まらない。

中小企業は「いきもの」である①

 当サイトの投稿を始めるに際し、編集長として日々、考えていることを披瀝したい。賛同・異論は問わない。読者にも共有してもらった上で、考えてほしいからだ。

▽「知ったかぶり」との決別

 まずは、私自身のことから始める。中小企業の取材を本格的に始めたのは2020年の新型コロナウイルス禍だった。

 実は、大手メディアでは中小企業取材などしない。賃上げや燃料高などの「イベント時」にのみ、「期待するコメント」を語ってくれる手垢のついた中小企業に通り一遍の取材(というかコメント取り)をするだけだ。

 恒常的に担当者がいて、取材をしている訳ではない。思うに広報資料が自動投函される「記者クラブ」(記者が自らの足で稼がずに済むシステム)が中小企業取材では存在しないことが皮肉な形で「弊害」(身から出た錆)をもたらしているからではないか。

 おそらく、取材対応する企業側も、メディア側が期待しているコメントもわきまえている。つまりは、双方、一過性の「歌舞伎芝居」を演じているだけだ。このようなことでは、中小企業を取り巻く構造問題を本気で改革することはできない。

 かくいう私も、そうした「中小企業を取材したことのない記者」の一人であった。しかし、「知ったかぶり」は続かない。コロナ禍は、そうした意味でも自らの「知ったかぶり」と決別する絶好の機会であった。

 メディアだけではない。政策当局者、地域金融機関職員、中小企業支援を名乗る関係者にも心当たりがあるはずだ。まずは「知ったかぶり」をやめよう。

▽「業種別取材の着眼点」

 北門信用金庫の企業再生請負人(これは橋本が勝手に名付けた)こと、伊藤貢作氏が超短納期&絶妙な粒度で、それこそ魔術的に書き下ろした「業種別支援の着眼点」の原案を手元に置いて、「業種別支援」ならぬ「業種別取材」を実践してみたのだ。

 これは取材時の話の切り出し、展開、核心に迫る際に絶大な真価を発揮した。「よく業界を理解していますねー」と、相手の反応がまるで違う。

 人間は相互に感応する動物だ。相手が興味を示したり、嬉々として喜ぶと、こちらも相互作用で自然と、前のめりになる。学びや習熟、協力の起点は関心である。無関心からは何も生まれない。

 だからこそ、中小企業経営者と向き合っても「経営や事業について何を話したらよいか分からない」金融機関の現場担当者、信用保証協会の経営改善支援の担当者、士業関係者にもオススメだ。業種ごとに異なる「稼ぐ」ポイントが極めてコンパクトにまとめられている。関心をもつ「きっかけ」として最適なのだ。

 実際、埼玉りそな銀行の営業担当者は、ラミネート加工した着眼点の縮小版を持ち歩いている。みずほ銀行でさえ、若手行員の研修に活用しているという。池田泉州銀行、鶴岡信用金庫は定期的に伊藤氏を招いて、勉強会を重ねている。島根銀行、筑波銀行、福邦銀行、きらやか銀行は「企業支援アドバイザー」として一時期、伊藤氏を招いた。

▽「目的の手段化」

 これまで中小企業政策は、「寄り添う」という精神性、そして表面的な「計測しやすい世界」の実績ばかりで管理されてきた。

 たとえば、掛け声と訪問回数だけの「伴走支援」であり、たとえば「認定経営革新等支援機関が経営改善計画の策定を何件手掛けたか」といった計数管理であり、たとえば「事業性評価シート」の件数であった。行政機関や金融機関などの官僚的組織が陥りがちな、実効性を伴わない「計測の落とし穴」である。

 ある西日本の銀行は、中小企業活性化協議会に送り込んだ引当処理済みの中小企業件数を「再生支援件数」とカウントしていた。結果、協議会任せの会社分割のスポンサー支援による第二会社方式や廃業によって、融資残高、融資先数、預金残高が減少し続けている実態を把握していなかった。

 ある東日本の銀行担当者は訪れたこともない企業の事業性評価シートを何枚も作成させられた。金融庁に申し分ない件数を報告するためだった。

 これらは「手段の目的化」ならぬ「目的の手段化」に過ぎない。しかも、自らを客観視できてないので、まるで自覚症状がない。

 生産性向上なき「賃上げ要請」(つまりは単なる収益圧迫)も同様である。官僚的組織の経営管理が陥る罠だ。

▽現場、現物、現実

 全体のマクロの数字把握は別として、具体的な改革・改善を目指すのであれば「神が宿る細部」に分け入るしかない。現場、現物、現実というミクロに徹底的にこだわらなければ、中小企業を損益改善、自立型経営に進ませることはできない。

 そして、大変興味深いことに、「計測が難しい世界・領域」にこそ、しばしば本質がある。

 それは、口数少ない実直な技術者であり、どういう訳か仕事を獲得してくる営業担当者であり、困った時に迅速に資材・機材を引っ張ってくる調達担当者であり、不思議なことに若手が辞めない親分肌の経営者の人柄であり、なぜか大手・元請けに叩かれない絶妙な企業のポジション取りなのだ。

 もちろん、すべては最後に数値となって表れる。

 しかし、その数値を生み出す源泉、経路、仕組みを理解せず、むしろ機能不全にするような助言は中小企業支援として害悪でしかない。

 業種別支援の着眼点で学んだ業界・業種特性、さらには、これまでの取材の経験によれば、中小企業の場合、経営者が企業そのものであり、ゆえに企業は個体差のある「いきもの」としてふるまう。このことを十分に踏まえ、最終的に数値に反映させることが決定的に中小企業支援では重要なのだ。現場、現実、現物にこだわらねばならない理由はここにある。

▽中小企業支援で勝ち取る現実的な「戦果」

 黒字転換や設備投資、雇用の拡大という中小企業支援の成功事例は分かりやすい。

 他方、「倒産の危機を抜け出し、収益はトントンだが若い後継者が事業承継した」という持続可能性も、深刻な人口減少が進んだ地域にとっては、望みうる戦果であろう。

 なるほど、こうした企業は、いわゆるゾンビ企業に分類される。

 ただ、病院の食堂事業を受託していたり、まちの自販機の充填作業という、末端の細胞組織に血を送り届ける「毛細血管」としての役割を請け負っていたりもする。死滅すれば、思わぬ形で財政負担が増大し、市民生活者にも甚大な支障が生じる。割に合わない仕事であっても、なんとか収支が成立しているのであれば、できるだけ民間の経済活動に任せる方が、理にかなっている。

 「生産性の革命的な向上」という景気のいい話だけでなく、地域によっては「生命維持装置」を整えるだけでも当座の「戦果」としなければならないほど、厳しいところもある。これも中小企業支援が向き合わなくてはならない現実だ。

 国全体として生産性向上を目指すことに何ら異論はない。人口問題、税収、そこから導き出される防衛費なども鑑みれば、富まないことには国の未来はないからだ。収益性が厳しい企業に廃業・再チャレンジを促す政策的手当にも合理性がある。都市部に人が移り住み、効率的に自治体を経営する中長期的なスマートシティ構想も議論すべきテーマだろう。

 しかし、8000万人が東京以外の地方で暮らしている現実がある。生身の人が暮らしている以上、撤退戦を強いられる地域の現実にも同じ人間としての「想像力」が向けられてもいい。

 大多数の人は生きるために稼ぎ、家族を食わせなければならない。ただ同時に、誰もが合理と非合理の端境で生きている。散財し、馬鹿げた道楽に興じ、不健康な飲酒・飲食・喫煙を嗜む。そうした矛盾を抱える人間が経営する中小企業には、「いきもの」だからこその合理と非合理の「端境」という難しさも存在するのだ。

 「いきもの」を考察し続けると哲学的な領域にも踏み込む。当サイトの持ち場としては、このあたりで。

著者について

編集長:橋本卓典

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。2009年から2年間、広島支局にも勤務。2020年編集委員。2025年8月から経済ジャーナリストとして独立。2016年5月に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)を上梓、累計35万部のベストセラーになる。NIKKEI FINANCIALにも寄稿。ラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」でパーソナリティも務める。

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1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。2009年から2年間、広島支局にも勤務。2020年編集委員。2025年8月から経済ジャーナリストとして独立。2016年5月に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)を上梓、累計35万部のベストセラーになる。NIKKEI FINANCIALにも寄稿。ラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」でパーソナリティも務める。

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