◎吹け!大阪・西成から「グローバルニッチ」の風=大阪送風機製作所

1919年の創業から106年、株式会社として88年。大阪・西成で船舶用・産業用送風機を作り続けてきた老舗メーカーが大阪送風機製作所だ。2023年、九代目社長に就いた枩山聡一郎氏は「グローバルニッチを目指しますよ」と、意欲は十分だ。

 国は100億円の中堅企業の育成を後押ししている。しかし、100億円という売上高は「結果」に過ぎない。よりこだわらなければならないのは世界に伍していける技術力と価格交渉力のはずではないか。その先にこそ、生産性向上と賃上げという確かな経路があるからだ。本コラムでは、大阪送風機製作所の取材を通じて、「ニッチ」とは何かを考えたい。

◎吹け!大阪・西成から「グローバルニッチ」の風=大阪送風機製作所

 1919年の創業から106年、株式会社として88年。大阪・西成で船舶用・産業用送風機を作り続けてきた老舗メーカーが大阪送風機製作所だ。2023年、九代目社長に就いた枩山聡一郎氏は「グローバルニッチを目指しますよ」と、意欲は十分だ。

 国は100億円の中堅企業の育成を後押ししている。しかし、100億円という売上高は「結果」に過ぎない。よりこだわらなければならないのは世界に伍していける技術力と価格交渉力のはずではないか。その先にこそ、生産性向上と賃上げという確かな経路があるからだ。本コラムでは、大阪送風機製作所の取材を通じて、「ニッチ」とは何かを考えたい。

▽船舶、産業用で多様なニーズに応える

 大阪送風機製作所は船舶用、産業用の送風機を製造している。発注先の様々なニーズに応えてきたのが強みだ。

 1980年代半ばまでは、原子力発電所向けの送風機も受注していた。

 これまで船舶用は、三井E&S、マキタ、日立造船マリンエンジン、ジャパンエンジンコーポレーション、アイメックス、阪神内燃機などに送風機を納品している。

 2025年3月期は売上高28億円、純利益も過去最高となった。造船不況などで赤字となった年もあるが、売上高は過去10億~20億円程度で推移してきた。メンテナンス需要で周期的に稼げるチャンスもある。

▽造船・凋落の歴史

 高市早苗政権は、造船業界を戦略分野と位置付けてテコ入れを始めたが、これまで、日本の造船業界は凋落の歴史だった。

 造船業界は大手・元請けが製造原価を切り詰め続けた結果、図面・ノウハウごと中国、韓国に譲り渡して、製造を請け負わせてきた。言い換えれば、サプライチェーンを支えた日本の中小企業も切り捨てられてきたのだ。

 戦後の日本は、造船業で世界シェアを伸ばした。1960~1980年代の興隆期には、世界シェアは50%を超えていた。

 転機は1985年のプラザ合意での円高進行だった。国内の人件費が高いこともあって、大手・元請けが海外の請負業者に発注するケースが増え始めた。

 当初は「単純作業は海外、高度な技術は日本に残る」と考えられていたが、中国、韓国が短期間で技術、ノウハウを吸収してしまい、目論見は完全に外れた。

 まず1990~2000年代で力をつけた韓国が日本を抜き去った。さらに2000年以降、本格的に生産に力を入れ始めた中国が2010~2020年代までに日本、韓国をも抜き、世界トップに躍り出た。

 現在は中国が約70%、韓国が15%程度、かつて50%超だった日本は10%前後となっている。

 造船業は、サプライチェーン全体の設備投資、熟練工・部材調達が必要で、規模の経済が働きやすい。中国は国家主導、韓国は財閥主導で造船分野の強化を推し進めたのに対して、日本は複数の民間企業が競合していたため、投下する経営資源の分厚さで後塵を拝したという背景もある。

 日本はLNG(液化天然ガス)船や豪華客船という高付加価値船ではなく、需要が安定し、つくりやすいバラ積み船、タンカーの生産に注力したため、中国、韓国との価格競争に巻き込まれたのだ。

▽送風機の役割

 そうした中でも大阪送風機製作所は様々な用途のファンを作り続けてきた。送風機は動力源への吸気、排気、換気と様々な用途で活用されている。以下は、大阪送風機製作所が手掛けている送風機だ。

・ディーゼル機関用補助ブロワ(船舶用)

 燃費向上のため、大型船舶はディーゼルエンジンによる低速での常時運転が主流となっている。このディーゼルエンジンのシリンダーに空気を送って動かすための補助ブロワ(送風機)には、24時間運転が求められる。耐久性と迅速なメンテナンス態勢が欠かせない。1分間に3600回転する補助ブロワのインペラ径(羽根車の直径)は、600ミリ程度に過ぎないが、これが故障すれば船舶は停止してしまう。

イナートガス装置用ブロワ(船舶用)

 イナートガス(不活性気体)ブロワは、タンカーのタンク内にイナートガスを送り込むための送風機である。

 タンカー運航時、タンク内の原油などが気化し充満すると、静電気などで引火する危険性がある。これを防ぐため、不燃性のイナートガスをタンク内に充満させることで、酸素濃度を下げ、引火を防ぐための送風機だ。

 イナートガスは船内ボイラーの排気ガスを冷却・清掃して生成する。インペラ(羽根車)を1分間で3600回転させる必要があり、わずかなアンバランス(荷重の偏り)も許されない。汚れがインペラに固着する場合もあり、容易にメンテナンスを行える仕組みでなければならない。大阪送風機製作所は、イナートガスファンの国内オンリーワンサプライヤーだ。

ボイラー用強圧ファン(船舶用)

 空気を蒸気タービンエンジンのボイラーに送り込むための送風機だ。蒸気タービンエンジンを動かすのに不可欠なものである。

 蒸気タービンエンジンのボイラーは、ボイラー燃焼用の空気とボイルオフガス(極低温で液化されたLNGが外気温で自然蒸発し発生したガス)を燃焼させ、発生した蒸気でタービンを回し、動力をスクリューのプロペラへ伝えることで、船の推進力を得ているのだ。無論、大風量をボイラーに送ることができる送風機でなければならない。

・燃焼空気ファン(産業用)

 燃焼用のバーナーに必要な空気を確実に提供するための送風機も製造している。

 インペラが薄く、製作が困難な少風量高圧力のものから、羽根車径が大きい大風量低圧力のものまで、最適な設計力が求められる。

排ガス誘引ファン(産業用)

 燃焼室やボイラーから排ガスを引き込んで煙突に導く送風も重要な役割を果たしている。

 薄い羽根車でも少風量高圧力という製作困難なものから、羽根車径が大きい大風量低圧力のものまで設計ができる。

 これら産業用ファンのモーターの容量は小さいものであれば15kW、大きいものであれば720kWまで実績がある。鉄鋼業界、環境業界に納入実績がある。高圧・大型の燃焼空気ファンの注文が多いという。空気の逆流によって生じる振動で電流計、圧力計に乱れが生じる「サージング」や「低周波騒音」を防ぐことでも高い評価を得ている。

・塗装換気ファン(産業用) 

 大型施設の塗装の送風・換気に必要なファンもある。シンナーを含む可燃性液体を扱う塗装設備では、引火の危険性があるため、適切な換気が求められるからだ。防爆(電気機器が火花や熱によって、周囲のガスやホコリに引火し、大爆発を起こすのを防ぐ技術)や安全増(火花を出さない安全な機器構造)にも対応して製作できる。

▽EGRブロワ(船舶用)

 大阪送風機製作所で今、最も勢いのある主力製品は、EGRブロワである。

 EGRとは、「Exhaust Gas Recirculation(排気ガス再循環)」の略称だ。ディーゼルエンジンから出る排気ガスの一部を、再び吸気側(エンジンが空気を取り込む側)に戻し、燃焼させるための送風機だ。

 なぜ排ガスをエンジンに戻すのか。

 ディーゼルエンジンは高温燃焼のため、窒素酸化物(NOx)という有害物質が発生しやすい。これに排ガスを再循環させることで、燃焼室内の温度を下げ、NOxを発生しにくくさせることができるのだ。厳しい排出ガス規制をクリアするための技術とされている。

 さらに、排ガスの再循環によって、エンジンの燃焼効率自体が向上し、燃費の改善にも役立つ。環境面でも燃費性能の面でもEGRの技術は今後も有望視されている。

 大阪送風機製作所は、EGRブロワ業界で世界3強の一角を占める。独メーカー、韓国メーカー、そして大阪送風機製作所の3社だ。国内では唯一のメーカーとなる。一部外注しているケーシング(外側の容器・カバー)以外は内製だ。

・高温用セラミックスファン(産業用)

 1000℃を超える高温ガスを送風できるのが高温用セラミックスファンだ。

 高温対応であるにもかかわらず金属が変形しかねない高温下でモーターやインペラが破損することなく、稼働し続けることができる。

 好調なEGRブロワに続く「次の一手」が、最高900℃の高温ガスを最大毎分10万回転という性能を誇る超高速ファンだ。固定酸化物型燃料電池SOFC、固体酸化物水電解装置SOECの発電システム用の送風機として、本社から車で20分ほどの場所に拠点がある「第二事業部」で開発を進めている。特許も取得済みだ。

 この燃料電池は、船舶、バス、トラックなどの移動体だけでなく、コンビニなどにも設置可能で、幅広い用途での展開が期待される。

▽開かずの金庫

 大阪送風機製作所は2024年、これまでの100余年を振り返り、次の100年を展望するプロジェクトを立ち上げた。

 プロジェクトの一環で、長らく社内で放置されてきた「開かずの金庫」を開錠したところ、1937年5月21日の株式会社設立の第1期からの決算書がみつかった。

 「思いがけず全期114期まで(13~64期までは半期決算)の決算書がそろった!」―。枩山社長は胸の高鳴りを抑えられなかった。

 枩山氏は、創業者一族ではない。元銀行員の祖父枩山賢太郎、父賢一郎は実家の長浜を守りつつ、修行に行った会社で金庫番を務めて、三代目社長を拝命。20~89歳まで約70年務めながら、大阪送風機製作所の社外監査役・社外取締役として経営をサポート。歴代、経営の要所で異業種から社長や社外役員を長年務めてきたのだ。祖父、父の代の経営状況までは当初、分からなかったが、「開かずの金庫」を開錠したことで、枩山家三代のバトンが社の記録としてもつながった。

 みつかった決算書を一つひとつ読み解くと、1978年、1987年の造船不況で、それぞれ20人の希望退職を募った記録も出てきた。

 100年プロジェクトとしてOBたちにもインタビューし、社内行事、歴代社長の思い出、労働争議、資金繰り難を乗り越えてきた歴史を綴った。

▽キッコーマンとのパートナーシップ

 100年プロジェクトで取材したのが、キッコーマンとの50年以上にも及ぶパートナーシップだ。

 1972年、キッコーマンの米ウィスコンシン工場へ循環ブロワを導入して以来の関係だ。キッコーマンの米国進出をブロワとして支えてきた。

 循環ブロワとは、しょうゆの原料である大豆、小麦などを熱処理し、しょうゆにするために欠かせない製造機器だ。

 従来は、蒸気を当てて蒸す方法だったが、熱処理工程で熱を分散させるため、過酷な労働環境が頭の痛い問題だった。ここに循環ブロワを導入したことで、劇的に状況が改善したという。今や、しょうゆを安定的に大量生産するには、循環ブロワが不可欠となっている。ウィスコンシン工場だけでなく、カリフォルニア工場、オランダ工場にも大阪送風機製作所の循環ブロワが導入されている。

 現地工場のトラブル対応は、キッコーマンが大阪送風機製作所への信頼を深めたエピソードとなっている。

 2016年12月30日夕方、米工場で循環ブロワが緊急停止したのだ。キッコーマン側では対処が困難となっていた。大阪送風機製作所に連絡したところ、ただちに技術者が正月休み返上で渡米し、修理に奔走し、数日後に再稼働させた。

 キッコーマンのオランダ工場にも大阪送風機製作所の送風機を導入し、シェアは90%に及ぶ。

▽コ・オウンド・カンパニーへ

 大阪送風機製作所は、造船不況の折、20人規模のリストラを2回も行わざるを得なかった苦い過去がある。本来、管理職であるはずの50代が少ないのも、このためだ。

 ただ、ピンチはチャンスでもある。中堅が管理職をこなしながら作業にも従事するプレイングマネージャーでなければ、会社がまわらない。ということは、若手、中堅が指示待ちでは務まらず、全員が「自分事」として責任感をもって仕事に臨まなければならない。 

 他方、枩山社長は、NEC入社後、リサ・パートナーズで社長、会長を務め、株式会社eumoでは、ソーシャルベンチャーの活動にも参画するなど、ユニークな経歴をもつ。大企業からソーシャル活動まで幅広く経験したからこそ、100年プロジェクトとして大阪送風機製作所のあり方を大きく変えようとしている。それは、コ・オウンド・カンパニー(共同所有企業)への移行だ。

 39.9%―。

 この数字は、大阪送風機製作所の社員持株比率だ。内訳は役員持株会25.2%と従業員持株会14.7%である。徐々に社員・役員持株比率を引き上げていく。キャピタルゲインはないが、儲かっている間は10%の配当を出す計画だ。

 コ・オウンド・カンパニーへの移行は、従業員の当事者意識・経営参画意識を高め、ガバナンス(企業統治)を強化すると共に、持続可能な経営を「民主化」によって実現することが狙いだ。現在、イーズ代表取締役の枝廣淳子氏などの外部講師を招いて、改革の狙いを共有するため、精力的に合宿を繰り返している。

 大阪送風機製作所は、次の100年に向け、EGR、燃料電池向けブロワなどの製品で付加価値を磨きつつ、「社員による社員のための会社」への進化を目指す。事業成長と企業理念の実現を両立する挑戦の風が吹くはずだ。

著者について

編集長:橋本卓典

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。2009年から2年間、広島支局にも勤務。2020年編集委員。2025年8月から経済ジャーナリストとして独立。2016年5月に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)を上梓、累計35万部のベストセラーになる。NIKKEI FINANCIALにも寄稿。ラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」でパーソナリティも務める。

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1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。2009年から2年間、広島支局にも勤務。2020年編集委員。2025年8月から経済ジャーナリストとして独立。2016年5月に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)を上梓、累計35万部のベストセラーになる。NIKKEI FINANCIALにも寄稿。ラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」でパーソナリティも務める。

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