◎「企業価値」ではなく、目を向けるべきは「源泉」

 企業価値担保権の運用が5月25日に始まった。当初は20の金融機関が融資を実行するという「静かな滑り出し」となった。

 金融機関はどのように企業価値を見定め、企業価値担保権付き融資を実施したのだろうか。いくつかの現場を取材し始めたので、そこで見聞きしたリアルをリポートする。見えてきたのは、企業価値の核心部にある「見えないもの」だった。

◎「企業価値」ではなく、目を向けるべきは「源泉」

 企業価値担保権の運用が5月25日に始まった。当初は20の金融機関が融資を実行するという「静かな滑り出し」となった。

 金融機関はどのように企業価値を見定め、企業価値担保権付き融資を実施したのだろうか。いくつかの現場を取材し始めたので、そこで見聞きしたリアルをリポートする。見えてきたのは、企業価値の核心部にある「見えないもの」だった。

▽「特殊経緯先」との絆の証

 地域金融機関が企業価値担保権付き融資を既に実行した先、今後実行する予定先を数件取材したが、いずれも「事実上の一行取引先」であった。他のパターンもあるかとは思うが、取材は継続中であり、それは別の機会で取り上げたい。

 地域金融機関において、「丸抱えの取引」はこれまでもなかったわけではない。もちろん企業価値担保権としての「特殊契約」はなかったが、信用貸しのプロパー融資、保証付き融資の肩代わり、債権買い取りなど、「特殊経緯」がある先だ。

 企業価値担保権付き融資は、こうした「特殊経緯」があった先に実行されていた。地域金融機関がメインバンクとなって「逃げられない関係」となっている先である。「のるかそるかの大勝負」というものではなく、ごく自然な流れで、企業価値担保権に移行したという印象だった。

 その意味では、「長年同棲していたパートナー同士が『絆の証』として籍を入れるという感覚に近い」(地銀幹部)という当事者の感想が一番しっくりくる。取り立てて何かが変わるわけではない。

 いずれも業績が順調だったり、後継者が活躍していたりと「未来の話をする会社」というのが共通項だった。

▽「経営者保証外れる」は動機にあらず

 取材したどのケースでも「固い絆」が金融機関と企業経営者の間に存在していた。そのためだろうか。「経営者保証が原則外れる」という企業価値担保権の性質は、経営者にとって「特段の動機づけになっていなかった」のである。この点は興味深かった。

 それよりも「銀行さんに絶体絶命の窮地を救われた」「今、ウチがあるのは信金さんのおかげ」などの圧倒的な金融機関への感謝、感動体験がどの企業でも共通していた。「裏切れない」「足を向けて寝られない」という決定的な動機があった。

 金融機関も我々メディアも、机上で考えている仮説は往々にして当てにならず、本質を外している。今回もそう再認識した。

▽コベナンツは簡易・簡素

 これまで事実上の一行取引でやってきたことは、企業価値担保権の契約内容にもにじみ出ている。

 たとえば、「財務コベナンツ(財務制限条項)」については、決して大仰な内容ではなく、「ちゃんと利益を出していく。赤字続きはNG」「手元資金を危うくする程の過剰な投資は慎む」という企業側にも管理上の負担とならない簡易・簡素なものであった。

 「報告コベナンツ」は、決算書、提出済みの税務申告書、試算表、事業内容資料、期限の利益喪失のおそれがある場合などの提出・通知だ。

 「金融機関の事前承諾なしにできない」と禁じた「行為コベナンツ」は、定款変更、役員変更、減資、子会社関連会社の買収・譲渡、重要な会計方針の変更、提出済みの事業計画の変更、重要な資産(直近決算で簿価1千万円以上の資産)、知的財産、ライセンスの処分・譲渡・放棄、貸付人以外への担保提供、他行借り入れなどだ。

 企業価値担保権の肝となると予想していたコベナンツだが、全体の印象として、これまでも一行取引先であった背景があるからだろう。いずれも「ガチガチに縛る内容ではない」というものだった。

 むしろ、今後の運用をみながら、見直しもありうる。そのようなのり代、幅を持たせた柔軟性あるものでもあった。始めてみて、企業価値とは何かを金融機関、企業が初めて気づくこともあるからだ。

▽「企業価値」ではなく、目を向けるべきは「源泉」

筆者は、取材したいずれのケースでも「企業価値とは何か」を掘り下げてみた。たどり着いた答えは、「企業価値」そのものというよりもそれを生み出している「源泉」であった。キャッシュフローは企業価値かもしれないが、それを生み出している「源泉」はキャッシュフローではない。

 源泉とは抽象的にいえば、「ストーリー」や「文脈」だが、できるだけ具体的にいえば「関係性」であった。

 現場と経営、企業と販路先・調達先、企業と周辺地域、企業と金融機関、経営者と歴代の担当者、それらを積み重ねてきた「関係性」が、見落としがちな「源泉」だった。

 せっかくの技術力、ブランド価値、特許があっても、これだけでは、キャッシュフローを生み出せない。これらを正しく活用し、正しく生産・提供できなければ、企業価値とは認められず、将来キャッシュフローや業績にも結び付かないからだ。

 正しく活用し、生産・提供するために必要なのが「関係性」なのだ。「潤滑油」という表現ではまったく物足りない。全身に張り巡らされた神経ネットワークのようなものだ。

 企業価値担保権の設定において、特に注意すべきは、新制度の適用が企業価値の源泉である「関係性」を壊すようなものとなっていないかどうかだ。

著者について

編集長:橋本卓典

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。2009年から2年間、広島支局にも勤務。2020年編集委員。2025年8月から経済ジャーナリストとして独立。2016年5月に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)を上梓、累計35万部のベストセラーになる。NIKKEI FINANCIALにも寄稿。まぐまぐメルマガ「橋本卓典の『現場をゆく』経済・金融ジャーナル」連載中。ラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」でパーソナリティも務める。地域の変革、生産性向上に向けた活動を支援、協業くださるスポンサーも募集。takunori.hashimoto@sokyudo.com

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1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年共同通信社入社。経済部記者として流通、証券、大手銀行、金融庁を担当。2009年から2年間、広島支局にも勤務。2020年編集委員。2025年8月から経済ジャーナリストとして独立。2016年5月に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)を上梓、累計35万部のベストセラーになる。NIKKEI FINANCIALにも寄稿。まぐまぐメルマガ「橋本卓典の『現場をゆく』経済・金融ジャーナル」連載中。ラジオNIKKEI「記事にできない金融ウラ話~橋本卓典が語ります」でパーソナリティも務める。地域の変革、生産性向上に向けた活動を支援、協業くださるスポンサーも募集。takunori.hashimoto@sokyudo.com

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