事業性融資の結実ともいえる企業価値担保権の誕生と魅力
企業価値担保権を定めた事業性融資推進法は、不動産担保と個人保証に依存したこれまでの融資慣行を是正するよう求めている。
企業価値担保権は、不動産や動産のみならず将来キャッシュ・フローなどを含むすべての資産をまとめて担保に設定することができるようになる。設定する金融機関にはメイン行としての覚悟が求められる。
コベナンツを上手に活用することで効果的なモニタリング機能の発揮が期待され、金融機関と事業者の「情報の非対称性」が大きく軽減されることが予想される。そのため、与信・予兆管理の質が飛躍的に改善され、より効果的な事業者支援が実現できる。
加えて、将来キャッシュ・フローを含む全資産が担保となることから、(担保権者としての)金融機関が事業者を伴走して企業価値を向上させることになる。企業価値担保権という仕組みを利用して事業者支援をおこなうことで、金融機関にとっても事業成長がより自分事になる。事業者の利益と金融機関の利益が完全に一致する「共通価値創造のための担保」だ。
事業者を「生かすための担保」とも言い換えられる。
- 2025年11月10日
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事業性融資の結実ともいえる企業価値担保権の誕生と魅力
1.事業性評価の本質と金融機関が陥るパラドックス
人口減少社会に突入した現代では、かつて地域金融機関のスキームとして確立していた不動産担保や保証に頼った融資が立ち行かなくなり、企業の将来性などを評価して融資をおこなうことこそが、中長期的に地域金融機関が生き残る唯一の方法となりつつある。
しかしながら、その理屈を頭では理解しているものの、目の前の実務においてはまだまだ担保や保証協会の保証がなければ融資ができない実態が深く根付いている。挙句の果てには、融資ができないことを理由に、収益を確保するための保険・投資信託営業に邁進し、疲弊する日々を送る地域金融機関は後を絶たない。
また、地域金融機関から地方創生や地元の経済活性化することを夢見て入行した若手職員たちは、その理想と現実のギャップに耐えかねて、職を辞するケースが増えている。かつて人気企業・人気業種として名を馳せていたところから比べるとすっかり影をひそめ、人的資源の確保の面でも窮地に立たされている。
さらに追い打ちをかけるように、低金利競争が激化するなか、融資残高増加や手数料収入による収益基盤の確保に努めなければならない環境となっており、不動産担保や保証協会付き融資にて支援していた取引先に対しては、融資実行後のフォローアップをおこなうインセンティブが弱い状況が続いている。すなわち、本来地域金融機関が取り組むべき事業者支援に注力することは、事実上不可能に近い状況になっている。
「不動産担保」と「優良保証」が神話化に長らく踊らされた地域金融機関は、その時代の名残が足かせとなり、注力したい事業性評価に手が回らない、ある種のパラドックス状態に苛まれている。
2.事業性評価は事業者のためならず
金融機関はこれまでの営業スタイルから「債権者」という強い立場としてたち振る舞うことやそういった印象を持たれていることが多い。
一方で、これから取り組むべき事業者支援は、その支援のかたちとして「伴走」するスタイルとなり、上から目線で物を言うというよりは、同じ目線であったり、場合によっては縁の下の力持ちのような存在として、取引先企業を支える存在にならなければならない。
金融機関の在り方が随分と変わるように見えるかもしれないが、かたちが変わるだけで、これまでも、そしてこれからも、金融機関が「事業者を助ける」という本質は変わらない。
それに、聞こえは悪いかもしれないが、金融機関は慈善事業を生業とするところではない。中小企業を救済するために特化するような事業形態ではなく、あくまで営利を追求する点は他の企業と同様である。
つまり、事業者支援はもちろん事業者のためにおこなう営みではあるが、金融機関自身のためにも行う取り組み、それすなわち、金融機関に利潤をもたらす取り組みとして成り立たなければならない。「情けは人のためならず」ではないが、「事業性評価は事業者のためならず」は、この仕組みの根底にあり続けなければならないし、事業性評価が共通「価値」創造と呼ばれる所以もそこにある。
「優良な債権」という考えがある。かつては、債権回収が確実にできること、言うなれば、金融機関側が毀損しないことがそれを指していたため、不動産担保や優良保証で保全された債権を優良と評していた。
しかし、本来的な意味での「優良な債権」とは、金融機関(債権者)が事業者(債務者)に伴走して、事業者(債務者)の成長に能動的に関与できている状態のことを指す。確実に弁済を受ける(債権を回収する)ことを目的として置いたとしても、債権者である金融機関は、債務者である事業者の事業活動を後押しし、自走できる企業への成長させること、資金を生み出す企業へとステップアップさせることこそが、最高の債権保全であり、事業性評価の本質である。
民法界の泰斗である我妻栄博士は、80年以上も前に、債権の本質について「当該債権の発生の目的を達成させるために、両当事者がその債権の内容たる給付の実現に向かって協力すべき関係にたっているということができる」と論じている。債権者である金融機関が、債務者である事業者に寄り添い、協力関係を構築することが債権・債務の関係であることからも、金融機関が事業者にとっての苦境を乗り越えるために惜しみない努力をすることは、債権の本質に基づく営みと呼べるだろう。
3.事業性融資推進法(企業価値担保権)の誕生
融資慣行の是正の意義
2024年6月7日に事業性融資推進法が成立した(2026年5月25日施行予定)。コロナ禍を経て加速度的に事業性評価が浸透したタイミングで事業性融資が法制化したことは、事業性評価の取組がより一層重要になるという強烈なメッセージに他ならない。
事業性融資推進法第1条に同法の目的として「不動産を目的とする担保権又は個人を保証人とする保証契約等に依存した融資慣行の是正」が掲げられている。これまで金融行政方針や監督指針などソフトローでしか謳われてこなかった事業性評価がはっきりと法文化したことは、事業性評価の結実としてこの上ないものと見ている。
この一文によってこれまでの融資慣行に逆らうことができなかった状況を打破する大義名分が得られた、といえばよりわかりやすいだろう。それほどまでにインパクトある法整備だと筆者はとらえている。
全資産担保である企業価値担保権の本質(担保概念のパラダイムシフト)
事業性融資推進法で定められた企業価値担保権は、不動産や動産のみならず将来キャッシュ・フローなどを含むすべての資産をまとめて担保に設定することができる制度である。また、企業価値担保権は商業登記簿に登記することが効力要件かつ対抗要件であるため、設定する金融機関はメイン行としての覚悟が求められることとなる。
また、企業価値担保権は信託契約を前提とする仕組みであり、コベナンツを上手に活用することで効果的なモニタリング機能の発揮が期待され、金融機関と事業者の「情報の非対称性」が大きく軽減されることが予想される。そのため、与信・予兆管理の質が飛躍的に改善され、より効果的な事業者支援が実現できる。
加えて、将来キャッシュ・フローを含む全資産が担保となることから、(担保権者としての)金融機関が事業者を伴走して企業価値を向上させることになる。要するに、企業価値担保権という仕組みを利用して事業者支援をおこなうことで、金融機関にとっても事業成長がより自分事になるわけである。事業者の利益と金融機関の利益が完全に一致する「共通価値創造のための担保」となる。
言い換えれば、事業者を「生かすための担保」といえる。
例えば不動産担保は、回収を目的とした担保であり、場合によっては、事業を解体する可能性のある担保であった。その点、企業価値担保権は「回収」のための担保ではなく事業を「生かす」担保の色合いが強い。担保概念を大きく変える設計思想を持ち合わせている。
4.企業価値担保権の債務者区分への影響
ところで、現場・実務においては、金融検査マニュアルが廃止されたいまでも、引当などにおいて金融検査マニュアル時代の慣習が残っており、企業価値担保権を不動産担保と同様に客観的な処分可能性がある「一般担保」として扱えるか、といった疑問が投げかけられている。また、一般担保として扱えないのであれば、無担保との違いに関する疑問も出てくる。
金融庁は2025年7月2日に「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方」を公表している。その中で、企業価値担保権は前もって換価価値を予測することが困難であるため、不動産担保とは大きく性質が異なるとし、一般担保として扱うことは非常に難しい、と解している。
一方で、融資の損失可能性を適切に評価する貸倒引当金の趣旨に鑑みれば、企業価値担保権付融資を無担保融資と同じ扱いにすることは合理的でないとも記している。企業価値担保権は借り手が総財産に一体として担保設定することにより、貸し手との間に特別に緊密な関係を構築することを、法的な裏付けをもって可能とする制度であることから、馴染まない考え方であることを明示した。
そのうえで、法的根拠を背景とした借り手との緊密な関係性により、事業の状況や経営方針・将来見通しを的確に把握でき、事業の将来性からキャッシュ・フローによる通常の返済を期待することに妥当性があれば、債務者区分において「破綻懸念先」ではなく「正常先・要注意先」とすることに合理性があるとしている。
企業価値担保権付融資は「支援付き融資」として扱えるため、債務区分の判定において、その事業の見通しを考慮しないことは、不合理としている。そうした観点からも企業価値担保権は、これまでの金融実務、具体的には自己査定・償却・引当あたりに、少なからずプラスの影響を与えることが期待されている。
5.事業者支援の新たな展開
企業価値担保権は、原則として経営者保証の利用を制限している。経営者保証を解除することで、経営者の心理的負担は大きく軽減され、法人の破綻と個人の破綻が一致していた状況から解放され、メイン行との間で生じる「情報の非対称性」の解消につながるだろう。
経営者保証があることで事業承継が困難になっている実情から脱却できる可能性を生む効果からも、企業価値担保権の活用の幅の広さがわかる。企業価値担保権を様々な局面で活用することで、これまで想像できなかった事業者支援の景色が見られるようになる。
約10年にわたって地道に培ってきた事業性評価のスキルをいかんなく発揮する時が到来した。企業価値担保権の誕生で、真の地域金融力が試される。